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アイテム詳細

四方田 犬彦

筑摩書房

カテゴリ:Book

売上ランキング:80962

価格:¥ 714

発売日:2006-01

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カスタマーレビュー

好奇心を煽るだけ煽っておいてのあまりの寸止めっぷりに、もっと調査するための費用を捻出したくなる。  (2008-07-04)
日本を中心とした、「かわいい」という現象・美学をテーマにした文化史・社会心理論。
ここ数年、日本はもちろん海外でも一大文化・産業を成している「かわいい」現象を取り上げ、その意味・位置づけを一般向けの手軽な書籍としてまとめたのは評価できると思います。ただし、世の中の「かわいい」事象を捉える見方を新たに幾つか得るキッカケにはなるかもしれませんが、抽象的な観念論に走っているため、マーケティングなどにすぐ応用できるようなものではありません。新書とはいえ、個人的にはかなり欲求不満が残った本。
日本人の「かわいい」に繋がる美的センスの歴史的な流れや海外との感覚の違い、現在「かわいい」文化を主に担っている20歳前後の男女(大学生)の意識調査や雑誌メディアの分析など着眼点自体は興味深い。導き出したものも、大学生への「かわいい」意識を掘り下げるアンケート結果は割と面白かった。一方で、特に雑誌メディアの分析は酷いくらいに薄っぺらい。
著者自身がエピローグで述べている通り、著者の調査不足と消化不良、自身の持つ知見や直感に偏った解釈、論点の蛇行や逸脱などにより、分析や洞察がかなり浅くなり錯綜した部分も多いと感じます。本書全般を通じて、著者が論拠とした様々な文学・美術・映画史上の作品や哲学・心理学的な言説なども、著者の感性や自論に合うように選別されているようにしか感じられず、感覚的には同意できるところはあるものの、論理的な説得力や信頼性に欠けるところも多くありました。
恐らく、一般消費者への「かわいい」意識の調査や雑誌メディアなどの分析に関しては、広告代理店やトレンドやファッションに強いマーケティングリサーチ会社、コンサルティングなどの方が、もっと突っ込んだ面白い情報を出してきてくれるように思います。好奇心を煽るだけ煽っておいてのあまりの寸止めっぷりに、もっと調査するための費用を捻出したくなる1冊。

最近,外国人から聞きました."I want to study about Kawaii User Interface"  (2008-05-01)
そんなこんなで「kawaii」を外国人にどう説明しようかと考えていたところ,この本に出会いました.色々な人たちが思っている「かわいい」とは? 「かわいい」の起源とは? などなど丁寧に解説されていると感じます.こんなambiguousなコトバゆえに,いろいろな使われ方を許容するのでしょうか.そういえば,お笑いの柳原加奈子のネタに思わず笑ってしまうのも,そんな「曖昧さ」が生み出す何かなのでしょうね.結局,「かわいいを定義することは無駄だ」と,その外国人には伝えておきましたが(苦笑

この年代の男性にしては「かわいい」感性をよく理解してはいるが  (2007-05-16)
著者と同じく、女性の「かわいい」感性の面白さにはまり研究を進めているものとして、興味深く読んだ。特に第三章の大学生アンケートの分析は秀逸。ただし結局彼も藤原信也や宮台真司といったこれまでのかわいい論者と同様、「かわいい」=魔法のヴェール論に陥り、「かわいい」という感性を通さずに見た「透明な視線」を実体化してしまっている。なお、二葉亭四迷の小説の主人公が老人を可愛いと形容しているという引用(p.35)は単純な誤り。原文を読めば「可愛い」のは犬のポチであることがわかる。http://www.aozora.gr.jp/cards/000006/files/3310_8291.htmlレビュー者の立場は、「かわいいおばあちゃん」(『子ども・学校・社会』(稲垣編)所収)を参照のこと。

エピローグから書き起こすべきだった  (2006-07-26)
 エピローグで著者は、アウシュヴィッツ収容所(現・国立博物館)内の洗濯所の壁に発見した「かわいい」仔猫の絵について、「いかなる『かわいい』映像もアウシュヴィッツの残虐行為と平行して存在しうる。いやむしろ、それが円滑に進行するように、加害者の側からその無垢にして純真な似姿を犠牲者にむけて差し出すことができる」と書く(p194)。そして次節「『かわいい』がベイルを脱ぐとき」では愛くるしい謎の小動物が水を浴びて獰猛な怪物に転じるという映画『グレムリン2』の設定を紹介し、「かわいい」は「まったくの偶然から、たやすくグロテスクで脅威的な怪物へと変身」すると要約する(p198)。
 そこまで小ささ、未成熟、懐かしさ、媚態、親密さの指標等々と特徴付けられてきた「かわいい」を、著者はここで一挙に反転させ、背後に潜む加害性を示唆することで鮮やかな終幕を演出しようとしている。しかし…
 収容所の壁に仔猫を描いたのは、本当に加害者たちだったのか? むしろ被収容者たちこそが「かわいい」を欲し、描き、加害者たちはそれを許容(または利用)したのではなかったか?
 確かに「『かわいい』という観念の薄膜が、われわれを現実に直面することから隔ててきた」(p199)のは事実だろう。この薄膜によって抑圧・隠蔽されてきたものが近い将来にいっせいに地上に回帰して、「われわれの社会が本質的な破局に襲われる」と、著者は預言者のように書き付ける(p199)。それも本当かもしれない。しかしだからと言って、被収容者たちから「かわいい」を奪うことができようか?
 私は著者が、この問題から本書を書き起こすべきだったと思う。

冴えが見らんないし、深みも足りんかった。でも  (2006-07-08)
四方田の神話論的分析がひさしぶりに読めて楽しかった。でもかつて若かりし頃の冴えが見らんないし、深みも足りんかった。でも次々に新しい対象に挑戦してゆく四方田ならではの本なんで大間家に4点。

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